雨降るなか甲子園の球団事務所に集まった阪神球団幹部は球団社長・揚塩健治(60)辞任発表の準備に入った。内容を知らない者もいた。監督・矢野燿大(51)にも伝えていない。緊急の発表だった。
オーナー・藤原崇起(68=電鉄本社会長)は9日朝、阪急阪神ホールディングス(HD)会長の角和夫(71)に連絡し、発表の了解を得たうえ球団に指示していた。
表向きはチーム内で新型コロナウイルス感染者を多く出した引責辞任。事実上の解任である。
角は9月末から経済界の会合やマスコミに向け「けじめをつけなければいけない」と発言、球団の管理の甘さを指摘していた。
社会問題化した阪急阪神ホテルズの食品(メニュー表示)偽装問題(2013年)以降、コンプライアンス強化に努めてきた背景もあろうか。不祥事には厳正に対処する姿勢があった。
HD傘下の阪神本社上層部はトップの発言から忖度(そんたく)し、できるだけ早く、幕引きをしたかったようだ。藤原―揚塩間で話し合い、結論を出した。雨天中止となったが、シーズン中の公式戦開催日に異例の発表となった。後任は未定で、退任も12月1日付というのも異例である。
後任の球団社長候補には阪神電鉄本社常務で、球団や甲子園球場担当のスポーツ・エンターテインメント(SE)事業本部長の百北幸司の名があがる。さらに、複数の関係者の話では、オーナーの藤原が球団社長を兼務して再建に乗り出すという阪神では前例のないプランも出ている。だが、いずれも決まってはいない。
通常、再発防止に向けた人心一新ならば、新しい球団社長もあわせて発表しなければ、意味がない。とにかく辞任の発表を急いでいたようだ。
HD、つまり阪急の影響力の強さがうかがい知れる。2006年、村上ファンド問題で阪急と経営統合となる際、名物オーナーだった久万俊二郎(故人)は「ご先祖様に申し訳ない」と漏らした。創業以来「阪急にだけは負けるな」としのぎを削った好敵手に助けを求めたのである。
結果、阪神球団はHDの孫会社となった。球団運営は親会社の阪神電鉄が行うと申し合わせた。しかし、その後は阪急・阪神間で役員の相互交流や新入社員の一括採用が進み、今や両者の壁は低くなった。球団も阪急の意向を無視して運営できない現実がある。阪神の独自性は薄らぎ、今回も越権行為だと反論する空気はない。
球団内部には「コロナの責任なら世間から社長がいなくなる」「球団内規違反で辞任ならタイガースは年間5人は社長がいる」との声も聞かれた。社会的に「あしき前例になる」との声もある。
だからか。揚塩は会見で辞任理由を「コロナだけでなく、着任以来のいろいろな事案」とごまかした。一昨年はスコアラー盗撮事件に監督・金本知憲退任騒動もあった。揚塩が事実上の解任を通告した金本問題も背後で阪急上層部の意向が働いていたと伝わる。
揚塩は心労からか、今回のコロナ問題が起きる以前、8月ごろから周囲に「辞めたい」と漏らしていたと聞いた。現場のチームやフロントと親会社、さらにその上のHDとの間で板挟みとなり、相当に疲労していたようだ。
球団社長に就任時、揚塩は「The BUCk STOPS here!」と彫られた木製プレートを持参し、社長室の机に置いた。
「buck」(バック)はポーカーで親を示す印。ゲームを取り仕切るバックは「責任」という意味が派生した。プレートは米国第33代大統領ハリー・S・トルーマンが机の上に置き「バックはここで止まる」、つまり「責任はオレが取る!」という決意を表していた。
言葉通り責任を取ることになった。サラリーマン社長には自身が身を退く以外に道はなかった。=敬称略=(編集委員)
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