土屋は、命を支える現場を担うことに対する責任感や正義感の強いメンバーを積極的に重役に登用してきた。ジェンダーイクオリティにも力を入れており、役員8名のうち3名が女性であることからも、その姿勢が伝わる。
土屋の女性役員のうちの1人が、今回紹介する長尾公子だ。
業界のリーディングカンパニーの取締役。かつ4歳と2歳の子どもを育てながらフルリモートワークをしている。そう聞くと、パワフルな女性像を思い浮かべるかもしれない。
しかし、長尾はそんなイメージを覆す。柔らかな雰囲気を纏い、ゆったりと言葉を紡ぐ姿。人の心の機微に敏感で繊細な感受性を生かして、代替不可能なポジションを担っている。
長尾は、財務・法務・人事総務・労務・マーケティングなど本社管理部の経営判断役。その傍ら、組織全体をマクロ・ミクロの両視点で観察し、課題発見・解決への先導も担っているのだ。
特性を生かした適材適所がかなうのは、完璧な人などいないと自認し、補い合って組織を運営する土屋ならでは。しなやかで寛容な組織を、長尾の視点から紐解いてみたい。
塞ぎ込んでいた時期に、手を差し伸べてもらったから今がある
まずは、長尾の過去から追っていこう。
長尾が通った中学校はキリスト教系だった。福祉や奉仕の心を育むことをモットーにしており、ボランティア活動の一つである高齢者施設への訪問を彼女は楽しみにしていた。また、寮生活のなかで周りの人たちを観察し、それぞれの抱える背景や思いにも強い関心を覚えた。長尾が、人と深く関わりあう福祉の仕事に興味を持ったのもこの頃だ。
しかし、福祉や介護の仕事といえば薄給のイメージが根強い。大学卒業後は、生活のことを考えて全く違う業界、アート作品の売買を行なう会社に就職した。しかし、どこか心が満たされなかったという。
「昨日まで倉庫に眠っていた絵が高額で買われていく世界は、とても華やかで夢と熱狂がありました。だけど、自分の心に刺さるものがなかったんです。一度きりの人生、もともとやりたかった仕事に就いてみたいと思うようになりました」
こうして、土屋は介護業界へ飛び込むことを決める。だが長尾は小さな頃からマイペースで、大勢を率いて効率的に仕事を捌くことをあまり得意としなかった。そんな彼女は、大型の高齢者施設ではなく、一つ屋根の下で家族のように生活を営む認知症対応型グループホームに就職した。
ここで、長尾は現・土屋代表取締役の高浜敏之に出会う。土屋の前身の会社が高浜を引き抜き、その後、事業拡大するタイミングで高浜は長尾に「来ないか」と声をかけた。
「声を掛けてもらった2012年は、いろいろあって塞ぎ込んでいた時期でした。精神面で不安定だったにもかかわらず、高浜さんは何も気にしていない感じで、声を掛けてくれて。私が不安そうにしていても、『大丈夫だよ』と言ってくれました」
高浜の温かい姿勢に後押しされ、自身の回復も兼ねて参画を決めた長尾。肩の力が抜けていたのが功を奏してか、参画後はデイサービスや重度訪問介護事業所の立ち上げを担い、エリアマネージャーとして事業成長を牽引するなど目覚ましい活躍を遂げた。
こうした経験や実績はもちろん、「自身の尺度で正しく物事を判断できる」長尾の良心や正義感も高浜は評価していた。そして2020年10月、創業直後の土屋に、長尾は取締役として入社した。この時も、「自信は無いですが、いいんですか?」と問う長尾に、高浜は「いいよ、いいよ」と返したそうだ。
完璧でなくていい、互いの特性で補え合えばいい
取締役に就任したといえど長尾は、先頭に立って人を引っ張っていくタイプではない。ただ、周りのメンバーの心の機微に人一倍敏感で、繊細な感受性を持っている。
そんな長尾に、土屋の組織としての魅力を尋ねてみると、とても印象的な回答があった。
「代表の高浜さんも含めて、誰ひとりとして完璧な人がいないところが土屋の一番の魅力です。経営層も含めて全員、長所も短所も得意も不得意もある。だから、お互いのでこぼこを補い合っているし、補い合いやすいように組織が構成されているんです」
例えば長尾の場合は、各部のミーティングに参加して内容を把握することはもちろん、コミュニケーションの様子や温度感を観察する。そして、運営の方針を軌道修正したり、足りない制度があれば作ったり、メンバー同士の関係に軋轢があれば組織体制を変えるように経営層や管轄部署に働きかけたりするのだ。
現在、長尾はフルリモート勤務でミーティングもすべてオンライン参加している。対面よりも観察が難しそうな状況だが、「言葉には、人となりがすべて出る」と思うからこそ、メンバーが発した言葉に気を配っているという。
組織が大きくなればなるほど、高浜の声が現場に届きづらくなり、現場の声が経営層に届きづらくなることもある。そこで、従業員の参加希望者を募って高浜と直接対話の機会を設ける「社長室へようこそ」というミーティングも開催。
伝言ゲームにならないよう、歪められずに現場の本音をすくえるようにという思いからだ。
企業が健全に成長・発展するためにはアクセルも必要だが、綻びをいち早く感じ取り、対策を打つブレーキも欠かせない。代表の高浜さん曰く、長尾は「安全運転で経営を推進するために欠かせない存在」だという。そして長尾もまた、天職のように今の仕事を全うしている。
「昔から、人が何を感じ、何を考えているのかに興味があったので。さまざまな立場のメンバーを観察したり、それぞれの思いに耳を傾けたりすることは、一見大変そうに見えるかもしれません。けれど、私にとっては負担にならず、自然とできることなんです」
どんなハンディキャップをもっていても、誰ひとりとして排除しない
完璧な人はいないからこそ、土屋は「どんな事情や特性を持ったメンバーも、誰ひとりとして排除しない」姿勢を大事にしている。
例えば、子育て真っ只中である長尾の場合は、時には想定外の事情で仕事が予定通りに進まないことも。だが土屋は、子育てをしながらの仕事=生産性が落ちると決めつけはしない。
同社が手がける重度訪問介護、その利用者にはハンディキャップがある。その事実だけで生産性が低いと評価されたり、社会から排除されたりすることを土屋が許さないのはメンバーに対しても同じだ。
「以前は、時間的な制約があることもあっていつも申し訳無く思いながら働いていました。けれど今は、堂々としてていいんだ、自分の働き方で今の自分にできることを精一杯やろうと前向きに考えられるようになったんです」
子育て真っ只中の多忙な時期ながら、仕事面では取締役として会社を良い変化に導いている長尾。彼女の存在は、多くの女性社員の希望になっている。
ただ、周囲からそのようなまなざしで見られる中でも、自分のペースを大事に、一歩ずつ歩みを進めているところも長尾の強さだ。今後の目標は、「これからもじっと組織を見つめて、把握や検証を繰り返していく」ことだという。
現在、土屋は事業拡大フェーズを迎えている。重度訪問介護は全国展開へ向けて動き出しており、一方で障害者や高齢者の農業分野での活躍を後押しする「農福連携」を進める企業の子会社化も。さらには子育て中の保護者の悩み相談を受け入れるスペースの運営等もスタートした。
新しい動きが活発になっている土屋において、長尾も自身のチャレンジの幅が増やせることに意欲を見せている。
「いろんな事情で社会的に制約がある方をサポートしたり、その人がその人らしさを大事にしたまま輝けるように支援したりする事業がたくさん走り出しています。こうしたことにチャレンジする会社は、とても珍しいのではないでしょうか。
自分が関わることのできる範囲もどんどん広がっているので楽しみですし、事業によって生み出した利益を、これからも社会に還元していけたらと思います」
自身の特性を生かして組織に貢献し、ありのまま輝いている。そんなメンバーが集まる土屋だからこそ、誰の気持ちも取りこぼさずしなやかに変革を起こすことができるのだろう。
からの記事と詳細 ( 繊細な感受性で、組織の綻びを繕う──完璧な人のいない企業で、輝きを増す私 - Forbes JAPAN )
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