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Friday, December 2, 2022

【書評】民族、国境、言語の壁を越えた多和田葉子の作品世界へ:多和田葉子著『地球にちりばめられて』 - ニッポンドットコム

11月、全米図書賞が発表され、翻訳文学部門で多和田葉子の『地球にちりばめられてが』が最終候補5作に残っていたものの、惜しくも受賞を逃した。とはいえ、すでに『献灯使』で同賞を受賞しており(2018年)、彼女は世界で注目される作家となっている。本作は、欧州に留学中、母国が消滅してしまった女性が同郷人を探して旅に出る物語だ。

本作は、民族、国境、言語の壁を超えた世界を描いた物語である。主要な登場人物は6人いて、彼ら彼女らが(というよりも本作は性別の垣根もない)、各章ごとに自らの生活と生い立ちを語り、ある目的に導かれ、運命共同体のように交わっていく。

デンマークのコペンハーゲンに住む「クヌート」は、大学院で言語学を研究している。あるとき彼は、「自分が生まれ育った国がすでに存在しない人たちばかりを集めた」というテレビの討論番組を見ていて、そこに出演していた「Hiruko」という名の日本人女性に興味をもった。彼女は不思議な言葉をしゃべっている。

Hirukoは新潟の出身だが、母国は留学中に消滅してしまったという。それから移民として北欧を転々として暮らすうちに、「手作り言語」を編み出した。どこの国の言葉でもないが、スカンジナビアの人ならだいたい意味が理解できるようだ。

母語を話す同郷人を探す旅に出た

Hirukoはクヌートとともに、母語を話す同郷人を探す旅に出た。最初に訪ねたのは、ドイツのトリアーで開催予定の「ウマミフェスティバル」だった。そこに出演する講師「ナヌーク」は、「旨味」を研究する日本の料理人であるらしい。

ふたりはナヌークと会うためにその地を訪ね、そこでインド人の「アカッシュ」とドイツ人の「ノラ」と知り合う。アカッシュはトランスジェンダーで、女性として生きようと決意し、外出するときは赤色系統のサリーを身にまとっている。博物館に勤務し、環境問題に敏感なノラはナヌークの元恋人である。

ナヌークは日本人を騙(かた)っているが、本当はグリーンランドで生まれ育ったエスキモーだった。嘘がばれることを恐れたナヌークは、ノラから逃れるようにノルウェーのオスロに逃避したものの、追いかけてきたノラと再会。Hiruko、クヌート、アカッシュも合流した。Hirukoはナヌークが同郷人ではないことに気がつく。

ナヌークは彼女に、かつて雇われていた「スシ店」に、日本の福井から来た「Susanoo」と名乗る寿司職人がいて、いまはフランスのアルルで働いていると告げた。Hirukoら一行はアルルへと向かうが、旅を通して人種も言語も異なる彼らの間に、奇妙な連帯感と目的意識が生まれてくる。

汚染されて住めなくなった土地

多和田文学の魅力は、彼女独特の言葉の選び方にあると思う。なにより興味深いのは、私たちが当たり前のこととして受け入れている既成概念にことごとく疑問を呈し、小気味よく粉砕していくところにある。しかし、理屈はともかく、本作には肝心の小説としての面白さがある。

前回、翻訳文学部門賞を受賞した『献灯使』(2014年刊行)は、東日本大震災と福島第一原発事故のあと、多和田が実際に福島を3度訪れ、現地の人々から聞いた話に触発されて書き上げた作品である。そこでは、放射能汚染(作中、「放射能」という表現は使われていないが)の影響で、老人は死ぬことができなくなり、逆に子供は体力を奪われ寿命が極端に短くなっている。汚染された日本は鎖国しており、住めなくなった土地もある。

物語は、東京の西域に住む百歳を過ぎた老人と曾孫との暮らしを描いたものだが、かつての豊かな自然は失われ、外界との接触もままならず、そこには絶望的な世界しかない。曾孫には、ある使命が託される。はたして未来に希望はあるのか。本書を読んで、私にはその答えが見つからなかった。ラストの2行がずっしりと重くのしかかる。

「自分たちが未来の人間」

『地球にちりばめられて』は、その延長線上にある物語だ。汚染で住めなくなることと母国の喪失には、問いかけてくるものに共通項がある。本作でSusanooと呼ばれる日本人は、いつしか歳をとらなくなっている。Hirukoたちは、ようやくその人物に出会えたものの、彼はひとことも言葉を発しない。それは何故なのか。

本作は三部作となっており、続編の『星に仄めかされて』が2020年に刊行され、完結編の『太陽諸島』が今年10月に刊行されたばかりである。すべてを読み終えたとき、希望は確かにあると、その答えが見つかった。アカッシュは思う。「彼女(Hiruko)こそ自分たちが未来の人間であることに気づいているのかもしれない」(『星に仄めかされて』より)と。若者は軽々と国境を越えていく。作者は、既成概念の枠を取り払い、境界のない世界に新たな未来があることを私たちに示してくれる。

『地球にちりばめられて』

講談社
発行日:2021年9月15日
文庫版:349ページ
価格:792円(税込み)
ISBN:978-4-06-523815-8

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