前回の記事『“敏感すぎる心” HSP』では、感覚の過敏さからくる“生きづらさ”に悩むHSPの人について紹介しました。では、HSPの人はどうすれば生きづらさを解消できるのでしょうか。番組で取材した「十勝むつみのクリニック」の院長、長沼睦雄医師の解説をインタビュー形式でお伝えします。
(帯広放送局記者 米澤直樹)
長沼先生、HSPって何ですか?
ーー改めて、HSPの概念について教えてください。
HSPは、1996年にアメリカの心理学者のエイレン・N・アーロン博士が提唱した「遺伝的に持った神経の性質」という概念です。非常に幅広い感覚に対して、反応性が高く繊細に反応するという性質の人たちのことです。
ーー日本で認知されてきたのはいつごろですか?
アーロン博士の本が翻訳されたのが2000年です。2000年というと、ちょうど大人の発達障害が紹介された年でもありました。当時、大人の発達障害が有名になった一方で、HSPについては、なかなかみんなが注目してなかったんですが、発達障害の過敏性が問題になってくると同時に、HSPの敏感さに対しても注目が集まり始めました。この5年ほどで一気に認知度が高まってきました。
ーーHSPの人は、どれぐらいの割合でいるのでしょうか?
大体5人に1人の割合と言われていますが、日本人は敏感な特性を持っているので、もう少し多いような気がします。また、今の時代は社会背景もあって、敏感になっている人が多いんじゃないかなと思います。とても多くの人がこの問題で悩んでいるということになりますが、これまではっきり分からないで過ごしてきた方が多かったと思います。その意味で、HSPの概念が認知されて広まっていくということが、とても大事になっていきます。
HSPの敏感さとは?
ーーHSPの「敏感さ」について教えてください。
まず、光や音、臭い、味などの五感の敏感さです。そして、人の気持ちや雰囲気など、感情に対して非常に敏感に反応する方が多いです。
ーー具体的な相談例はありますか?
赤ちゃんや女性の甲高い声などがとても嫌だとか、集団のざわつきが嫌だとか、特定の音に対して非常に敏感に反応するとか。こうした敏感さが子どもの時からあり、大人になってもずっと持ち続けています。ほかの人が問題なく過ごせる環境の中でも、ぐったり疲れてしまうような現象です。
ーー音がうるさいと感じるのは、比較的誰にでも起きることかと思います。HSPは感じ方が違うのですか?
通常は自分に関係ない音や声をシャットダウンするようなメカニズムが脳にあります。しかし、HSPの人はそのフィルターで落とせずに、いろんな感覚が自分の中に入ってきて、神経が反応して高ぶってしまうというメカニズムになっています。
感情面にも表れる敏感さ
ーー敏感さは感情面にも表れるのですか?
人の言葉に乗っかってくる感情にはエネルギーがあり、波動のように伝わってきます。HSPの人は、感情とかその場の雰囲気に神経が非常に反応します。1度でも嫌な経験があると、それが核みたいになって、反応しやすくなるからです。ある特定の感情や場の雰囲気に敏感になっていくというメカニズムです。
ーー人間関係でも悩みが多いのですか?
子どもだと学校に行けなくなるという相談が多いです。また、大人は集団に入っていきづらいとか、対人関係に非常に苦しむという相談が多いです。大人であっても、自律神経が非常に高ぶっている状態が続くと、慢性疲労のような自律神経症状も出てきます。
ーーHSPは共感する力が強いのですか?
「共感しすぎる」と言った方がいいですね。通常は共感しても、自分と他人を区別してある程度距離を取ります。しかし、HSPは相手の感情が自分の中に入り込んできたり、自分も相手に感情移入してしまったりして、相手との距離が非常に取りづらくなり、非常に神経が疲れるわけです。
発達障害の敏感さと似ているが違う
ーー発達障害と重なる部分もあるのですか?
そうなんです。どうして過敏になるのかというと、神経の中にうまく働いてない部分があるためです。発達障害は脳の機能障害として表れたりする一方で、HSPの敏感さは感覚の特性として表れてきます。同じ神経の中でも、違う見方をしています。HSPは自律神経の興奮性に裏付けられた感覚の過敏性という概念です。
ーー発達障害の過敏性とは何が違うのですか?
発達障害の感覚過敏は、五感に限られた過敏性を扱いますが、HSPの過敏性は、もう少し幅広い感覚を扱います。そして、発達障害の場合はむしろ「感覚の鈍さ」も問題にしますが、HSPの概念はむしろあまりマイナス面に焦点をあてずに、感性の豊かさや芸術性、想像性の高さなど、良い面を評価するという風に使われることが多いです。
病気や障害ではない
ーーHSPは病気や障害とは違うのですか?
違います。結果として社会適応ができなくなって、病気になる人もいますが、多くの人は過敏性を持ちながらも、社会に適応して過ごしている人がほとんどです。生まれ持った性質なので、病気ではない方々がほとんどなわけです。しかし、無理をすると病気になっていく人もいます。
ーーHSPの性質は、治療をするものではないのですか?
治そうと思っても治らないと考えた方がいいと思います。自分の性質を変えられないので、うまく環境を整えながら付き合っていかないと、周りの影響を受けて、自分自身が疲れ果ててしまいます。
“自分の敏感さを知る”ことが大切
ーー“生きづらさ”を解消するにはどうすればいいですか?
まず、「自分が敏感だ」ということに気が付かなければなりません。「何に敏感か」ということも意識する必要があります。そして、刺激を避けられる環境を選び、自分の気質を理解してくれる人たちに囲まれるということも重要で、安心安全な環境の確保がとても大切になります。
ーー生きやすい環境を自分で作っていくということですか?
そうなんです。子どもの場合は環境を作ってもらう。大人であれば、自分で選んでいくということになります。
“自分軸”を強くする
ーー自分の気質を知ったうえで、どうすればいいのでしょうか?
「自分軸」を強くすることが大切です。物事の捉え方を「自分中心でいい」としていきます。わがままみたいな考え方ですが、自我を強くして、「自分は自分なんだ」と捉えて自分を守ります。自分軸が弱くて、色んなものに侵入されて自己主張ができなくなると、「どうして自分だけがこんなに嫌な思いをするのか」ということにもなりかねません。感じ方は1人1人違うので、「自分と他人は同じ感覚を持って生きていない」という視点を持つことがとても大事になります。それが分からないで苦しんでいる人もたくさんいます。HSPの概念によって、自分が特に敏感で反応しやすいということが分かると、「自分のための環境を選んでいこう」と思うことができ、生きやすくなると思います。
ーー自分1人でやるには難しい気がします。
自分の気質や性質を客観的に見るのはなかなか難しいので、専門の方々にみてもらいましょう。様々な側面から敏感さを評価してもらうと、総合的に自分を見れるようになります。感覚の敏感さが原因で、「脳の働きが今どうなってるのか」を見ていくといいと思います。
周囲は「HSPを知ることが大切」
ーー周りの人ができることはありますか?
HSPは色んな嫌な思いをとにかく受けやすいんです。ネガティブな感情にとても敏感で、かつ、それを出しにくいというのが特徴ですから、色々なマイナス感情がお腹にたまっていくんです。たまったマイナス感情が、何かをきっかけに怒りとして噴出することがよくあるんですね。とても大人しい人たちが、急に何かのきっかけで怒りだすこともあります。その人が、それだけたくさんのものを受けて、我慢をしていたという風に見てあげる必要があります。怒りという現象だけ見てしまうと批判されるわけですが、怒りに出さざるをえない辛さというものも見てあげたらいいと思います。
ーー具体的にはどうすればいいでしょうか?
「何に対して感じ方が強いのか」ということを本人に聞いて、それを避けられる環境を整えてあげる必要があると思います。光、音、化学物質、電磁波など、「普通の人が耐えられる環境の中で辛いんだ」ということを認識しないと、なかなかHSPを理解するのは難しいです。
ーーまずはHSPの概念を知ることが大切なんですね。
知るということが大事で、もう1つは、これが気持ちの問題ではなくて、神経の問題だと考える必要があります。「無意識に神経が反応しているんだ」という考え方が大事になります。
病気に発展する可能性も
ーーHSPは診断されるものなのですか?
HSPは病気の概念ではなく、医学で定義されていないので、診断にはなりません。私のクリニックでは「特性」や「印象」として位置づけています。診断書にも書けないので、特性評価ということでお伝えしていきます。
ーー社会では診断が必要とされる場面もあると思います。
今の医学は、はっきり病名が出た時点で診断名をつけていくという特徴があるので、まだ病気にならない潜在的な状態だと、診断に至りません。病院に行っても「なんで来たんだ」とか、「こんなことで相談するな」といった言われ方をする人もいるといいます。実際には、感覚的な、気持ちのうえでとても辛いとか、病気にはなっていないけれども辛いんだという部分があります。放っておくと病気になってしまうのを防ぐという考え方で、この敏感さを捉えていくことが大事になります。私の場合は、いまだ病になっていない状態でも、そういう傾向をおさえて、病気にならないように注意しましょうという意味で、特性や性質をつかんでお知らせしていきます。
ーー今まで「自分はなぜ生きづらいのだろう」と思ってた方が、HSPの概念を知ることで、糸口を見つけやすくなる可能性はありますか?
そうですね、大人の発達障害も同じでした。2000年に大人の発達障害の本が出版された時に、病院に殺到しても、それを医者が知らないという問題がありました。HSPも当時の経過とよく似ています。最近ようやくHSPの概念が広まってきて、多くの医者や心理士も知るようになってきました。病名としてではなく、性質として評価していければと思ってます。
子どもの敏感さとは?
ーー子どもにも表れる敏感さ「HSC」についても教えてください。
ハイリー・センシティブ・「チャイルド」のCですね。本当に小さい子どもから、思春期まで入ると思います。子どもの場合は大人と違って、自分の感覚を客観的に捉えられないのと、敏感さが身体に出やすいという特徴があります。大人のようには自分のことを客観的にしゃべれないという問題がありますので、大人が見て感覚過敏があるかないかを判断していくことが重要になります。
ーーHSCの特徴はありますか?
敏感な子どもは非常に感じやすく、自分が感じたものをうまく出せないで、苦しむことが多いと思います。自分を抑えて出さなくて、自己表現しない子も結構います。一方で、敏感さだけではなくて、好奇心旺盛さ、活発さも同時に持つ人たちもいます。敏感さを持つ人の3分の1が活発な性質を合わせ持つと言われています。敏感だから、必ずしも大人しいということでもないんです。活発な人の中にも非常に神経が敏感で、繊細な人もいます。
ーーHSCの子どもを育てる親にも悩んでいる方がいるようです。
遺伝素因があるので、両親に限らず、祖父母を含めてこうした気質がある人がいます。親が敏感かどうかで接し方が違ってきますね。敏感な親は敏感さに気が付きやすいですが、そうでない親の場合は、敏感な問題に気が付きづらいので、どうしても普通の子どもとして接して、適応を迫るということになっていきます。学校でも同じですが、「敏感さに耐えられない」ということが、なかなか分かってもらえないかもしれません。
敏感さを「良い性質と捉える」
ーー家庭内での注意点はありますか?
HSCは、「わがまま」「甘えが強い」「怠けている」など、マイナスのレッテルを貼れやすいです。言われた通りすぐに反応できないので、そう見えてしまうんですが、実はその背景には神経の高ぶりがあるんです。「分かってもらえる」とか「苦しみを共有してもらえる」ということだけで、辛さは半減するんです。そして、「自分のことが自分で分かる」ようになれば、耐えられるようにもなります。また、敏感さが悪いものでなくて、「良い性質」なんだと言ってもらえるということが、とても安心感につながります。
ーー子どもの方がより配慮が必要ということですか?
子どもの場合は、意識せずに色んなことをやります。例えば、「この人嫌だな」と思うと、もう声も出ないし、体も固まってしまいます。それを無意識にやってしまうので、「臆病」とか、「神経質」とか、「わがまま」とか言われるんですが、本人は、もう耐えきれないでそういうことをしているわけです。弱さにも見える部分は、実は環境を選べば非常に優しくて、思いやりがあって、豊かな心を持っているということにもなります。HSPやHSCでは、それを「良いもの」として捉えていく考え方がとても大事になります。悪い性質としてではなく、いい性質として見て、それをいかす環境を考えて、HSPの概念を使っていくと良いと思います。本当に環境次第だと思います。
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