中国発の衣料品ネット通販SHEIN(シーイン)は企業価値1000億ドル(約14兆円)と世界で3番目に大きなユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)だ。労働環境などで疑問の声が出ているものの、若者の人気を集め、米国のファストファッションでは売り上げ首位に立つ。同社のようにファッション分野の様々な領域で新しい技術を持つスタートアップが台頭し、少量多品種の開発・生産やインフルエンサーを使ったマーケティングなどで新風を起こしている。
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。
シーインは2008年創業で、当初は衣料品の卸売りを手掛けていたが、14年に中国発のアパレル通販ロムウェ(Romwe)を買収した後、品ぞろえを拡大した。多品種少量生産とSNS(交流サイト)を駆使したマーケティングにより、22年には米国でのファストファッションの売上高全体に占める割合が28%と、ZARAやヘネス・アンド・マウリッツ(H&M)、フォーエバー21を抜いて首位に躍り出ている。
もっとも、シーインの生産プロセスのサステナビリティー(持続可能性)や、労働者のウェルビーイング(心身の健康や幸福)には疑問の声もある。
スタートアップは人工知能(AI)を活用したお薦め商品の提案、オンデマンド生産などにより、他のファストファッションが競争力を維持しながら環境や社会への影響を低減できるよう支援している。
今回はスタートアップがバーチャル(仮想)試着からトレンド解析まで、シーインにどう挑んでいるかを取り上げる。
カテゴリーの内訳
シーインに挑むテクノロジーやプロダクトを3つのカテゴリーに分けた。
・デジタルでの買い物客とのエンゲージメント(つながり):ブランド各社がユーザーとのつながりを強化できるよう、オムニチャネル(店舗とネット通販の統合)や個別化した顧客体験を支援するツールを手掛ける企業。
・サプライチェーン(供給網)&物流テック:小売りのバックエンド業務や返品の支援と効率化を手掛ける企業。
・マーチャンダイジング(商品政策)テック:既存商品の新たな提示方法などの分野。需要予測や3次元(3D)デザインモデリングなどのツールを活用する。
デジタルでの買い物客とのエンゲージメント
後払い決済「BNPL」
BNPLサービスにより、消費者はPOS(販売時点情報管理)システムを通じて柔軟で利息のかからない分割払いで商品を購入できるようになった。主な利用者はファストファッションの大半の顧客と同様に、1990年代半ば以降に生まれた「Z世代」や80年から90年代中盤に生まれた「ミレニアル世代」だ。
BNPLは様々な業界で消費者のお金の使い方を変えつつあり、顧客のニーズに対応した小売りの差異化も促している。米C+Rリサーチの最近の調査では、分割払いで買い物をする際にクレジットカードではなくBNPLを使うと答えた利用者は半数以上を占めた。
カナダのルルレモン・アスレティカ、米アーバン・アウトフィッターズ、米ターゲットなどの大手小売りはすでにBNPLを決済手段として導入している。
・BNPLを手掛けるスウェーデンのクラーナ(Klarna)は加盟店と提携し、高額の買い物の分割払いを提供する。アクティブユーザーは1億4700万人、加盟店は40万店以上、1日あたりの取引数は200万件に上るという。
・仏アルマ(Alma)は企業が自社の顧客にBNPLを提供するほか、決済システムを完全にデジタル化して顧客の消費や店舗の売り上げを管理できるサービスを提供している。
インフルエンサーテック
シーインはSNSのインフルエンサーをマーケティングツールとして活用する仕組みを築いている。インフルエンサーに一律の料金を払い、無料で提供した商品の「購入品」紹介動画を作成し、商品にサイトへのリンクを貼ってもらう。
若手のデザイナーが賞金10万ドルと自分のデザインした服をシーインのサイトで販売できる権利を目指して競うリアリティー番組も手掛ける。
22年には「インフルエンサーマーケティング」業界の規模は164億ドルに達する見通しだ。消費者はインフルエンサーがブランドをどう評価するかを注視している。米メタ(旧フェイスブック)の調査では、画像共有アプリ「インスタグラム」で商品の情報に関する投稿を閲覧した後、そのブランドについてさらに調べるか購入するかの行動をとった人は87%以上に上った。
・米マーベリック(Mavrck)はブランドのターゲット層にぴったり合うインフルエンサーを見つけ、マネジメントを支援するプラットフォームを運営する。22年に米投資ファンド、サミット・パートナーズからグロースエクイティ(すでに一定の売り上げのある企業が規模を拡大するための投資)で1億3500万ドルを調達した。
・英The Diigitalsは人間の代わりに3Dモデルを活用してデジタルソースで服を紹介するインフルエンサーマーケティングの代替策を手掛ける。
サプライチェーン&物流テック
オンデマンド生産
シーインの特徴である多品種少量生産モデル(一つのスタイルで約50~100着)は、ファストファッションでのオンデマンド生産の重要性を示している。同社のこのモデルにより、ライバル各社は生産サイクルの一段の短縮を迫られている。
小売り各社は在庫を削減し、さらに期間が短くターゲットを絞ったシーズンを運営し、様々な好みの消費者を一気に満足させられるテクノロジーに目を向けている。
・米ブイパーソナライズ(vPersonalize)は衣料品をカスタマイズし、商業レベルでオンデマンド生産するツールを提供する「SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)」企業だ。同社は18年に新株発行を伴う資金調達で100万ドルを調達した。
・H&Mは18年、売れ残りの在庫が40億ドル相当に上ったことを明らかにした。売れ残りに伴う損失を減らすため、20年には傘下のブランド「ウィークデイ」とオンデマンドのデニムメーカー米アンスパン(Unspun)がコラボし、一人ひとりの好みに合ったオーダーメードジーンズを生産した。
リセール・アズ・ア・サービス(RaaS)
ブランド各社は古着を再販することで二酸化炭素(CO2)排出量を削減し、大抵は大幅に安い価格で消費者に衣料品を提供できる。米プリティーリトルシングや英ブーフー(Boohoo)などのファストファッションは最近、自社の電子商取引(EC)プラットフォームで古着販売サービスを始めると発表した。だが外部ECでは、アパレル各社はブランド認知度以外のメリットを得ていない。
そこで、スタートアップはブランド各社が自社ECに古着のマーケットプレースを組み込めるよう支援し、「リセール・アズ・ア・サービス」の分野に創造的破壊をもたらしている。ブランドはこれにより、新商品を発表しなくても価格に敏感な消費者を取り込む効果も見込める。
・米レキュレート(Recurate)はEC企業が自社サイトに埋め込める再販マーケットプレースを提供する。商品の認証や買い手の保護など、外部の再販システムにはあまりない信頼やセキュリティーの機能も提供する。
・米トローブ(Trove)はルルレモンや米アウトドア用品大手のパタゴニア、米リーバイ・ストラウスなどのブランドと提携し、既存のECに組み込む再販チャネルの構築を請け負う。
トレーサビリティー(生産・流通履歴の追跡)テック
トレーサビリティーテックはサプライチェーンの情報を詳細に追跡する。サプライチェーンでのCO2排出量の追跡や、労働者の健康と安全のモニタリングなど、持続可能な慣習に対する政府の規制や消費者の要望が高まっているため、これは今後さらに重要になるだろう。
・ブロックチェーン(分散型台帳)技術は商品の経路を追跡し、ブランド各社による倫理的で持続的な調達を可能にし、サプライチェーンでの連携を促し、追跡可能性を高める。米オムニチェーン・ソリューションズ(Omnichain Solutions)、オランダのサーキュライズ(Circularise)、インドのテキスタイル・ジェネシス(Textile Genesis)などのSaaS企業はブロックチェーン技術を活用し、小売りのサプライチェーンの透明性と効率を高めている。
・一方、ニュージーランドのオリテイン・グローバル(Oritain Global)はオーガニック繊維のサンプルを集めてチェックするほか、産地を追跡して原材料を倫理的かつ持続的に調達しているかどうかを判断する。
アップサイクル&リサイクル素材
各国政府はファッション業界の廃棄物について懸念を示し、対応を求めている。例えば、欧州連合(EU)のシンケビチュウス委員(環境・海洋・漁業担当)は22年初め、30年までに全ての衣料品をリサイクル繊維を原材料にした「寿命が長くリサイクル可能なもの」にすべきだと提唱した。
消費者も天然繊維の利用を増やすよう求めている。米国の調査では、コットンやウール、シルクなど天然繊維を使った衣類を購入したいと考えている消費者は約72%に上る。だが、こうした衣類を大々的に再利用するのは困難だ。
衣料品の廃棄や、廃棄品を再利用する「アップサイクル」の推進を巡る問題に対処するため、メーカー各社は代替繊維に注目している。
・米エバニュー(Evrnu)はコットンベースの布地を細かくし、繊維状の原材料にする技術で特許を取得している。
・メキシコのポリビオン(Polybion)などの企業は果物のごみから高性能で持続可能な革にそっくりのバイオ素材を生産する。同社は22年3月のシリーズAで440万ドルを調達した。
マーチャンダイジングテック
3Dデザインモデリング
米コンサルティング大手のマッキンゼー・アンド・カンパニーによると、従来のデザインのプロセスはいやになるほど長く、生産にこぎ着けるまでに大体3~8カ月かかる。3D素材を作成している企業は、すぐに市場に参入できる効率的でシームレスなデザイン作成に取り組んでいる。
米CLOバーチャルファッション(CLO Virtual Fashion)は、衣類をシミュレーションして生産開始の直前まで変更を加えられるシステムを提供する。韓国のz-emotionはデザインを一から作ることなく、既存の3Dモデルを微調整するだけで衣料品の新たなデザインを作成できる。
AIを活用した検索&レコメンドエンジン
AIを活用した検索&レコメンドシステムは顧客が購入に至るプロセスを個別化し、オンラインのコンバージョン(成約)率と顧客満足度を高める。
・オンラインではデータのプライバシーと個別化を両立するのは難しい。米クロッシングマインズ(Crossing Minds)と米ブルームリーチ(Bloomreach)のプラットフォームはこの問題の解決を目指している。両社のアルゴリズム(計算手法)はサードパーティー(外部)データではなく、クリックなどサイト上の行動に基づいて商品を薦める。
・英PSYKHEはクリックだけでパターンを見つけるエンジンをディスラプト(破壊)しようとしている。代わりに性格診断に基づいて顧客の好みに合う商品をマッチングする。
需要予測&在庫の最適化
どんなアイテムを生産するかを効果的に予測し、計画することは、ファストファッション分野でしのぎを削る小売りにとって死活問題だ。
ブランド各社はデータに基づいてより迅速で正確な意思決定ができるテックに目を向けるようになっている。需要予測と在庫の最適化に特化したSaaS企業はデータとモデリングを活用し、どんなスタイルが市場で最も良い結果を出せるかを予測する。
・米カンバーサイトAI(Conversight.ai)、米インパクト・アナリティクス(Impact Analytics)、米アルゴ(Algo)はAIを活用して消費者の需要と購買行動を予測し、ブランドの在庫の安定を図る。
・米ロブリング(Robling)はデータインフラサービスを通じて在庫管理と需要の計画を策定する。小売りはデータのクリーニングや構造化ではなく、データに基づく判断という創造的な業務に集中できる。
トレンドの発見
トレンド発見テックはブランドが消費者の需要に焦点を定め、次のシーズンにどんな色やパターン、スタイル、生地が流行るかなど商品を理解するのを支援する。
先を見据えるブランドは衣料品やスタイルの流行を大々的に判断するソフトウエアやデジタルツールに注目している。多くの企業はターゲット層に適した服を提供できるよう、SNSの画像や映像など視覚データの分析を手掛ける。
仏へウリテック(Heuritech)とトルコのTファッション(T-Fashion)は小売り向けに衣料品のトレンドについての予測分析を手掛ける。SNSにシェアされた画像をAIで解釈し、ブランドは消費者がどんな色や形、柄、素材を着ているかを把握できる。
バーチャル試着
バーチャル試着テックにより、消費者はブランドのサイトにとどまったままで着用時の見た目やフィット感を確認できる。これにより顧客体験が向上するだけでなく、返品コストも減らせる。
中国のEC最大手アリババ集団や米アマゾン・ドット・コム、仏ケリング、米ナイキなどの大手小売りはすでにこの分野のテック企業とビジネス関係を結んでいる。
・米3Dルック(3DLOOK)とスウェーデンのThe Fitは消費者に写真を数枚撮影してスキャンしてもらい、体形を分析する。そのデータに基づき、AIインターフェースが最適なサイズを提案する。
・シンガポールのSize n Fitは写真を使わず、ユーザーに身長や体重、好みのフィット感、好きなブランドで着ているサイズについて尋ねる。この情報に基づいて一人ひとりに適したサイズを薦める。
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からの記事と詳細 ( 急成長SHEINに負けるな 衣料系のテックスタートアップ(写真=ロイター) - 日本経済新聞 )
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